葬儀から10日、母が暮らしていた部屋の片付けを少しずつ始めました。10日前、あんなに美しく飾られていた祭壇の花も、今はリビングに少しだけお裾分けされたカーネーションが残るのみです。遺品整理というのは、もっと時間が経ってからやるものだと思っていましたが、葬儀10日後というこの時期に始めることで、故人の体温がまだ残っているうちに「お疲れ様」と声をかけながら整理できることに気づきました。クローゼットを開けると、10日前まで母が着ていたブラウスが並んでいます。ほのかに母の愛用していた柔軟剤の香りがして、私は10日目にして初めて声を上げて泣きました。葬儀の時は、泣く暇さえないほど忙しかった。でも、10日後の今、この狭いクローゼットの中でようやく母の死を自分だけのものとして受け止めることができたのです。10日という月日は、世間を忘却へと向かわせますが、遺族にとっては故人の細部にまで意識が及ぶようになる、解像度の高い期間です。私は母の趣味だった手芸の道具を、1つずつ箱に詰めました。針箱の中には、10日前に母が縫おうとしていたボタンがそのまま置かれていました。この「途切れた日常」に触れることが、10日後の私には何よりの供養に感じられました。葬儀から10日後。100枚以上の写真も整理しました。10日前は直視できなかった写真の数々も、今日は「この時は楽しかったね」と語りかけることができます。遺品整理は、単なる物の処分ではありません。10日後の心境で、故人が大切にしてきた価値観を自分の心にコピーしていく作業です。葬儀という大きなイベントを10日前に終えた今だからこそ、華やかな演出ではない、地味で静かな母の人生の美しさが際立って見えます。10日後の整理作業を通じて、私は母から多くの教訓を受け取りました。物はいつか無くなるけれど、その物を通じて母が私に注いでくれた愛情は、10日経っても、10年経っても消えない。そんな確信を得ることができた、10日目の昼下がりでした。
葬儀10日後に始めた遺品整理と故人の思い出