葬儀から10日、初七日の法要も無事に執り行い、私はようやく地域の方々へのご挨拶に回りました。10日前、突然の不幸でパニックになっていた私を、近所の皆さんは「何もしなくていいよ」「自分たちのことは気にしないで」と温かく見守ってくださいました。葬儀10日後というこの時期に改めて伺うと、10日前には気づかなかった地域の絆の深さを改めて感じます。自治会長さんの家を訪ね、10日分の感謝を伝えると「これでようやくお父さんも安心したね」と言われ、私の胸のつかえが少し取れました。10日経つと、葬儀の祭壇に飾られていた大きな花瓶や看板も片付けられ、家格としての「忌中」の雰囲気も少しずつ和らいでいきます。10日後の心境は、一言で言えば「静かなる受容」です。初七日という1つの山を越えたことで、もう故人はここにはおらず、遠い旅に出たのだという諦念と、それゆえの穏やかな祈りが心の中に定着し始めます。10日前は、故人を引き止めたい一心でしたが、10日後の今は、安らかに成仏してほしいと願うことができます。地域の方々との会話の中で、故人がいかにこの町で愛され、10日経ってもなお人々の話題に上っているかを知ることは、私にとって何よりの救いでした。10日後の挨拶回りは、社会の中で故人が生きていた「場所」を再確認し、そこを更地にするのではなく、新しい思い出の土壌にするための作業です。10日前は泣いてばかりで挨拶もままならなかった私も、10日後の今日は、しっかりと相手の目を見て「ありがとうございました」と言うことができます。この10日間で、私はどれほどの涙を流し、どれほどの人に支えられたでしょうか。10日目の夕暮れ、町を見下ろしながら、私は故人が守りたかったこの町の平穏を、これからは私が守っていくのだと静かに誓いました。葬儀から10日後。10という数字は、区切りとしてはまだ早すぎるけれど、新しい一歩を踏み出すには十分な重みを持った数字です。私は明日から、忌中札を掲げつつも、心の中では日常の扉を少しずつ開けていこうと思います。