父が亡くなったのは、世界中が移動を制限されていた、まさにコロナ禍の真っ只中でした。一番の問題は、アメリカに住んでいる私の兄が、どうしても日本に帰国できないことでした。父の最期に立ち会えなかった兄に、せめて葬儀だけでも、その場にいるかのように父を見送らせてあげたい。その一心で、私は葬儀社の方と相談し、告別式の様子をZoomで配信することを決めました。正直、最初は不安だらけでした。機械の操作は苦手だし、厳粛な儀式の最中に技術的なトラブルが起きたらどうしよう、と。しかし、葬儀社のスタッフの方が、カメラの設置から音声のテストまで、非常に丁寧に準備を進めてくださり、私の不安は少しずつ和らいでいきました。当日の朝、斎場の片隅に設置されたノートパソコンの画面に、緊張した面持ちの兄の顔が映し出された時、私は思わず涙ぐんでしまいました。遠く離れていても、確かに兄は、この場所に父と共にいる。そう感じられたのです。告別式が始まりました。僧侶の読経が響き渡り、祭壇の父の遺影がカメラに映し出されます。お焼香の順番が回ってきた時、司会者の方が「それでは、アメリカよりご参列の〇〇様、画面の前でご焼香をお願いいたします」とアナウンスしてくれました。画面の中で、兄が黒いスーツを着て立ち上がり、深々と頭を下げる姿が見えました。その瞬間、斎場にいた親戚たちの間にも、一体感が生まれたように感じました。出棺の際、私たちは棺の小窓から見える父の顔を、スマートフォンのカメラで兄に見せました。「親父、ありがとう」。画面の向こうから聞こえた兄の震える声に、私たちは皆、涙を堪えることができませんでした。物理的には、兄はそこにいませんでした。しかし、心は確かに、私たち家族と一つになって、父の旅立ちを見送っていたのです。もちろん、直接顔を見て、体に触れてお別れするのとは違います。しかし、Zoomという技術がなければ、兄は父の葬儀に永遠に参加できなかったかもしれない。そう考えると、この選択は間違いなく正しかったと、今、心から思えます。